コイル屈指の名回、第19話「黒い訪問者」。
仮想世界で起こり得る未知の可能性と
人工生物対人間の(擬似的な)友情を上手く噛み合わせていて
思わず唸った回だった。
このようなエポックな驚きを他の回では
あまり感じられなかったのが残念だ。
思い返すとコイルの各回はひとつの主題を
あまりに集中して描き過ぎていたように思う。
イリーガル回しかり電脳イタズラ回しかりミチコ関連回しかり。
今ちょうどヱヴァ序を見ていて
例えば発進シークエンスの無駄とも思える長さが
ロボットアニメのお約束として演出されながら
実は作劇上効果的な役割を果たしていることに気づかされる。
このシーンで施設の巨大さと組織の規模を一挙に説明して、
ついでに序盤の山を作ってしまえるわけだ。
劇場版に限らずエヴァはあの印象的なオペレーティングシーンを
テンポ良く挟むことによって緊張感と統一感を維持していた。
仮の話、コイルでもサーバ構造なりステータスマップなり、
システムの同時性を伺わせるモニタリングを
何かあるたびにちらっと挟んでいたら
それだけであの電脳世界のつかみ所のなさはかなり緩和できて
且つ娯楽性も上がったのではなかろうか。
娯楽と主題の競い合いが視聴者にとって良い緊張感を生むとすれば、
コイルはその両面について申し分ない要素を提示していたにもかかわらず
ほんの限られた一瞬しか交差させなかった。
そこら辺に不完全燃焼の原因があるように思えてならない。
